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第7回美容師

美容師さんの仕事の大変さを思うとき、私たちはつい「立ち仕事ゆえの足の痛み」や「シャンプーによる手荒れ」などをイメージしてしまうが、実は美容師さんの仕事で最も大変なのは「喋る」ということなのだ。考えてほしい。美容師さんたちは、カットやヘアメイクの間、ずっと喋り続けている。お客さんを飽きさせず、かといって盛り上がり過ぎもせず、適度に注意を引き付け続けるという厄介な作業を、大変と言わずして何と呼ぶべきか。

タクシーの運ちゃんと比べると分かる。運ちゃんもお客さんにアレコレと話しかける。天気、事件、スポーツ、政治……。が、そこに喋る必然性はない。喋りたくなければ黙っていればいい。後部座席でお客さんが寝てしまっても、目的地に近づいたら起こせばすむ

しかし美容師さんはダメだ。カットの最中、お客さんが頭を深く下げて眠ってしまったらどうなるか。頭頂部と後頭部しかカットできず、結果として全員をリーゼントにするしかなくなるではないか。それは困るのだ。嶋大輔でもない限り。だから美容師は、お客さんを眠らせないという目的のために喋り続ける。別に、好きで話しているわけではないのだ。

「今日、おやすみですか?」

「今度の連休、どうなさいますか?」

「昨日のテレビ、ご覧になりましたか?」

「そのTシャツ、どこで買われました?」

「かゆいところはありませんか?」

「耳を切っちゃいましたけどいいですか?」

とにかく、どこにも当たったり触ったりしない、大リーグボール3号のような奇跡的なトークが延々と繰りひろげられる。その間にも美容師さんたちは左手にコーム、右手にハサミを持って着々と作業をしているのだ。私たちはただ相槌を打ったり笑ったり考えたり痛がったりしているだけなのに。

以前から、どうして彼らがそこまで延々と喋り続けられるのか不思議だった。もしかしたら、そこには「話し方教室」などでは真似のできない、素晴らしい秘密が隠れているかも知れない。それをアレンジすれば「喋りのカリスマ美容師に学ぶトーク技術」のような本が書けるかも知れない。人々のコミュニケーション不足が叫ばれる今日、その本は売れるに違いない。印税生活も夢ではない。うむ。

金脈に最初の一鍬を入れるつもりで、私は行きつけの美容師さんに尋ねてみたのだ。

「どうして、そこまで話していられるんですか?」

「え? 僕、何か喋ってましたっけ?」

驚いた。意識して会話をコントロールしていたのではなく、まるで自転車に乗るように、小脳が勝手に口を動かしていたらしいのだ。

「どうしたら、意識しないで喋れるようになるんですか?」

「いやー、そう言われても。……意識してないこと自体を意識したことないから」

「意識してないことを意識してないという意識はあるんですか?」

「Kさん、真っすぐ前を向いていただけますか?」

「……すみません」

結局、私は宝の山の扉に手を触れることもできないまま、美容院を後にしたのであった。


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