トップお役立ち情報 > 明日は明日の職がある
第11回スパイ

平和ボケした日本にいると忘れがちだが、今も世界のどこかで戦争が起きている。そして、実は日本も例外ではない。ただ日本の場合、人と人が殺しあう戦争ではない。日本で行われているのは、冷たく静かな「情報戦」。そして日本は、この戦闘で確実に負け続けているのだ。

この情報戦の最前線で戦うのが、海外から日本に来てさまざまな諜報活動を行う「工作員」。いわゆる「スパイ」である。

その昔、男の子はみなスパイに憧れた。

もちろん「国のために戦う」とか、そんなややこしい思想からではない。彼らが興味を持ったのは、その「秘密兵器」。靴底に仕込まれたトランシーバー。ライター型のカメラ。先端から銃弾が飛び出す傘。それらは、アナログ時代ならではの創意と工夫に満ちていた。

しかしデジタル時代の今日、我々はそんな秘密兵器をすでに当たり前のように手にしている。手のひらに収まるケータイは、カメラやGPSまで搭載し、しかも電磁波が心臓のペースメーカーを狂わせてしまう(恐れがある)。これは、立派な工作活動ツールである。

今や、子どもたちは簡単にケータイを手に入れられる。だから、もう子どもたちがスパイに憧れることはない。

というか、スパイを知らないのだと思う。最大の理由は、マスコミにある。現代のマスコミは、スパイの存在を隠そうとしていないか。

たとえば刑事ドラマといえば、星の数ほどバリエーションがある。レインボーブリッジを閉鎖し、純情なデカがはぐれ、ブラインドから外を見る。家政婦は意味もなく目撃する。しかし、スパイのドラマは存在しない。「渡る世間はスパイばかり」とか「ふははは! では究極のスパイと至高のスパイの対決だ!」とか聞いたことがあるか? ない。

映画だってそうだ。何が「ミッション・インポシブル」だ。あれは、もともと「スパイ大作戦」であるい。誰がそんなタイトルにした? 少なくともワタシは許可していない。

これ以上、情報戦で日本は負け続けるわけにはいかない。いつまでも、日本に潜む工作員たちを放っておいてはいけないのだ。

日本は優れたスパイを早急に育成する必要がある。大学で教えたのでは遅すぎる。いっそ小学校あたりから、スパイの英才教育を施さなくてはならない。ただし、教育体系を大幅に変えてしまうと、諸外国から怪しまれることは確実だ。

そこで、ワタシは提言したい。授業を全面的に見直すのではなく、「ある授業」だけを根本的に見直し、その授業の中で、徹底的にスパイ活動を指導していけばいい。

え? 何のカリキュラムを見直すかって?

「工作」に決まっているではないか。

……すまん。今回は洒落オチで。


》おしごとエッセートップに戻る 》トップページへ戻る ▲ページTOPへ戻る