平和ボケした日本にいると忘れがちだが、今も世界のどこかで戦争が起きている。そして、実は日本も例外ではない。ただ日本の場合、人と人が殺しあう戦争ではない。日本で行われているのは、冷たく静かな「情報戦」。そして日本は、この戦闘で確実に負け続けているのだ。
この情報戦の最前線で戦うのが、海外から日本に来てさまざまな諜報活動を行う「工作員」。いわゆる「スパイ」である。
その昔、男の子はみなスパイに憧れた。
もちろん「国のために戦う」とか、そんなややこしい思想からではない。彼らが興味を持ったのは、その「秘密兵器」。靴底に仕込まれたトランシーバー。ライター型のカメラ。先端から銃弾が飛び出す傘。それらは、アナログ時代ならではの創意と工夫に満ちていた。
しかしデジタル時代の今日、我々はそんな秘密兵器をすでに当たり前のように手にしている。手のひらに収まるケータイは、カメラやGPSまで搭載し、しかも電磁波が心臓のペースメーカーを狂わせてしまう(恐れがある)。これは、立派な工作活動ツールである。
今や、子どもたちは簡単にケータイを手に入れられる。だから、もう子どもたちがスパイに憧れることはない。
というか、スパイを知らないのだと思う。最大の理由は、マスコミにある。現代のマスコミは、スパイの存在を隠そうとしていないか。
たとえば刑事ドラマといえば、星の数ほどバリエーションがある。レインボーブリッジを閉鎖し、純情なデカがはぐれ、ブラインドから外を見る。家政婦は意味もなく目撃する。しかし、スパイのドラマは存在しない。「渡る世間はスパイばかり」とか「ふははは! では究極のスパイと至高のスパイの対決だ!」とか聞いたことがあるか? ない。
映画だってそうだ。何が「ミッション・インポシブル」だ。あれは、もともと「スパイ大作戦」であるい。誰がそんなタイトルにした? 少なくともワタシは許可していない。 |