トップお役立ち情報 > 明日は明日の職がある
第15回学芸員

学芸員とは、美術館や博物館で、資料の展示や収集・保管・研究を行う国家資格。読者の中にも「夢は学芸員」という人も多いと思う。

しかし、どの仕事もそうだが、学芸員も決して楽な仕事ではない。特にアートの形が多様化した今日、学芸員もそれ相当の受難がある。これは、私が実際に目撃した学芸員の話だ。

私は東京の某美術館で、最近の若いアーチストの特集を見ていた。その中に、100畳ほどの広いスペースいっぱいに、山や海のジオラマがしつらえてあった。中に入ると、そこには、おびただしい数の「GIジョー」がうごめいていたのだ。

GIジョーとは、アメリカの兵士の人形で、ネジをまいて床に置くと、せわしなく腰を振って匍匐(ほふく)前進をするオモチャ。いちおう言っておくけど、ブートキャンプのビリーとは無関係だ。

ここで使われていたジョーがオリジナルと違っていたのは、全員が迷彩服ではなくスーツを着ていたということ。つまり、スーツを着た無数の人形が、ギーギーと嫌な音を立てながら海や山を匍匐前進していたのだ。

それは、ポップでカジュアルな地獄絵。

あまりの衝撃に、タイトルや作者名を確認するのも忘れ、しばらくその地獄を眺めていた。

多分、作者が意図したのは、
「結局、世界ってこういうことでしょ?」
なのだと思う。

しかし私が眺めていたのは、腰をくねらせてうごめく無数の人形だけではない。先ほどから、一人の男性がジオラマの中で何やら作業をしていたのだ。彼は手近なジョーをつまみあげ、ギシギシとネジをまき、再び地面に置いている。再び腰をくねらすジョー。男は無心にその作業を繰り返している。

近寄って、何をしているのか尋ねてみた。

「止まってる人形のネジを巻いてるんです」

なるほど。確かに、誰かがネジを巻かないと人形は動かないからなあ。

『それにしても、一日中、ずっと巻いてるんですか?』

すると男は自嘲気味に笑って、
「3カ月前から、毎日ずっとネジを巻いてます」

『それは大変だ』

「それだけじゃないんです」

手だけは忙しくネジを巻きながら、男は続けた。

「人形が何かに当たって身動きが取れなくなると、ゼンマイが壊れちゃうんですよ」

『うわー。だから、さっきから動いているジョーの位置も細かく変えていたんですね』

「でも、それが学芸員の仕事ですからね」。

そうか!
この現代アートには、常にジョーたちが動いていることが不可欠なのだ。だから学芸員である彼がアートを成立させるために、ジョーのネジを巻き、位置を調整し続けていたのだ。

しかし逆に言えば、彼自身がまるで一つのロボットのように、毎日、ジョーによって動かされ続けていたとも考えられる。つまり、この哀れな学芸員さんも、アートの一つなのだ。

作者は言うに違いない。

「結局、人間ってそういうものでしょ?」

学芸員さんも大変なのだ。


》おしごとエッセートップに戻る 》トップページへ戻る ▲ページTOPへ戻る