最近は少なくなったが、以前はちょっと大きな駅前を歩くたび、両手いっぱいのポケットティッシュをゲットできたものだ。最近は、昔ながらのチラシや試供品に取って代わられた感があるが、今も根強くティッシュを配り続ける業界がある。それが「消費者金融」と「英会話教室」。どういうわけか、どこでティッシュをもらっても、その二つの業態のものが多い。これは何か理由があるのだろうか。
はっきり言うが、私はポケットティッシュなんて欲しくない。第一、品質が良くない。何度も鼻をかんだら鼻が真っ赤になる。正直、コンビニに行けばもっと肌にやさしいティッシュがコイン数個で手に入る。
だから、配られるポケティはもらわないようにしている。
でも、ポケティ配りの人たちもプロである。どれだけ断られようと、無視されようと、人の行く手にけなげにポケティを出し続ける。そして誰かがもらってくれると、必ずこう言うのだ。
「ありがとうございます!」と。
あげたのは自分なのだ。感謝されるのはむしろ自分なのに、彼らは自分から感謝を口にするのだ。健気ではないか。今どき、この低姿勢は評価されるべきだと思う。フォントを大にして言う。役所仕事の方たちは、ポケティ配りのスタンスに学ばねばならない。
さっきも言ったが、私はポケティをもらわないことにしている。でも、まれに受け取ってしまうことがある。それは、その気持ち良い「ありがとうございます!」を聞きたいからである。決して、そのポケティ配りの女の子が可愛かったからではない。男からポケットティッシュをもらった記憶もないけれど。
そんなことはどうでもいい。私が言いたいのは、なぜ消費者金融と英会話教室がポケティを配るのか、ということだ。
そして、ついに私はその理由を発見したのだ。
実は、消費者金融と英会話教室には「共通点」がある。それは、どちらも、「いざという時に、ないと実に困る」ということだ。
たとえば、週末までに10万円がどうしても必要という時、手元にお金がないと実に困る。だから人は無人という名の有人の窓口の前に座る。また、旅行で海外で道に迷った時、英会話ができないと実に困る。だから人は高額のチケットを買って駅前で留学する。
そして、実はそれと同じことがポケットティッシュにも言えるのだ。
いざという時、ポケティがないと実に困る。
どんな場合にどう困るかを詳しく説明してもいいのだが、下品になるのでやめておく。とにかく、それくらい困るのだ。 |